梁井顧問連載コラム:熟成古酒の魅力(連載中)

第4回:熟成の科学(1)・化学的熟成

長期熟成酒研究会顧問 梁井宏

長期熟成酒研究会 梁井顧問

長期熟成酒研究会
梁井顧問

1 化学的熟成

清酒は他の酒類に例を見ないほど多様なアミノ酸、酸類、糖類などを沢山含んでいます。この複雑な成分が長期間の貯蔵中にお互いにくっついたり(化合)、離れたり(分解)、酸素と触れて酸化したりなどの反応を繰り返し、熟成古酒に特有の色、香、味を形成します。

もともとこれらの成分の少ない淡熟タイプの変化は少なく、成分の多い濃熟タイプは大きく変化します。また、貯蔵温度は高いほど熟成の効果は速く(一般的には10℃温度が高くなれば、そのスピードは2倍)なりますが、極端な高温(35℃以上)は香味のバランスが悪くなる恐れがあります。

(1)色の変化

熟成による発色は、リンゴ酸、乳酸などの酸性区分、マンガン、銅などの金属イオンで促進されますが、その最大のものは糖とアミノ酸の重合(アミノ・カルボニル反応)によって生成されるメラノイジンです。この反応は時間の経過とともに重合度が進み、褐色度を増します。さらに、麹由来のトリプトファンがアルデヒドと反応し緑色蛍光物質ハルマンを生成し、色の美しさを一層引き立てます。

(2)香の変化

熟成により増加する香気成分は、糖とアミノ酸が結合してできるカルボニル化合物、アミノ酸の分解によるポリスルフィド、脂肪酸、有機酸のエステル化によるエステル類などです。カルボニル化合物の中のソトロンは熟成古酒の主要な香成分で、黒糖、カラメルなど、その濃度により香の感じ方が異なります。イソバレルアルデヒドはナッツ様香の成分で、いずれも熟成が進むにつれ増える傾向にあります。エステル類のコハク酸ジエステルは蜂蜜様香を呈し、たくあんや硫黄の香がするポリスルフィドは老香の原因成分で、熟成が進むにつれ相対的に減少します。

(3)味の変化

熟成による味の変化の特徴は、苦味の増加と酸味の変化です。苦味成分の濃度が適度のときは味の複雑性、巾やふくらみを持たせますが、過剰になると雑味、苦味、味のごつさとなります。

苦味成分はたんぱく質の分解によるプロリルロイシン無水物となり、苦味を増すばかりではなく、酒の味を濃く複雑にして、しっかりした後味を作ります。

酸味では、くどい感じのコハク酸はスッキリした酸味のコハク酸モノエチルエステルに、鋭い酸味のリンゴ酸はエステル化して、柔らかいリンゴ酸モノエチルエステルとなります。