本郷顧問連載コラム:Vintage Sake (全33回)

第11回:“解脱”の時を知る

長期熟成酒研究会顧問 本郷信郎

本郷先生近影正月に帰って来た娘が「これはうまい」と言った酒は愛知県半田市にあった。今は清酒製造をやめてしまった伊東合資の1983年産特別純米酒「敷島」の熟成25年古酒であった。

年数を経た割に発色が少ない。多分、当時の酒は炭素処理することが多かったので、そのためなのかもしれない。熟成に超年月かかった酒である。うまい、一杯ではやめられない酒になっていた。

柔らかさとその調和、味の幅が広く風格のある年輪が生きている酒である。それは原料の仕込配合(特に麹歩合)、熟成容器、熟成温度、アルコール度数、含まれる総酸の量とその種類、原料米の精米度、搾った後の炭素処理のいかんなどにより大きな差を生ずる。ガラリと変化した新しい酒の誕生である。

これを禅の言葉を借りて「解脱」と呼んでいる。120~130アイテムの酒の中で解脱現象が見られるのは年に2、3本。熟成古酒は解脱を経てさらに帝王の熟成を続ける。

この時をあらかじめ知り得ることは大きな力になる。その能力を持ち、その酒の飲み頃を知るためには、まず、各人の基礎的な利き酒能力を知り、その向上を図ること。それから、数多くの熟成古酒を綿密に利く機会を増やすことが必要になる。

熟成古酒の利き酒を行う本郷顧問基礎的な利き酒能力についていえば、「香り」のほか「甘さ」「酸っぱさ」などを感じ取る自身の力を知り、その開発に努める。甘さは味蕾で、辛さは奥の方でやや時間をおいてからそれぞれ感じ、酸っぱさは味蕾周囲の神経細胞が反応するとされる。

通常の利き酒では、口の中に入れた酒を全部吐き出して次の酒を利いていくが、熟成古酒では少しのど越しがあった方が良く分かるといわれている。通常の酒を利くより、難しい利き酒になる。口の中が熟成古酒に慣れてくると、舌の上で薄い膜を感じ取ることが出来るようになる。

この膜は年々薄くなっていくため、その厚さによっておおよその「解脱」の時を知ることが出来る。解脱までの時間を短縮するには、低温熟成を常温熟成にすればいい。また、一般に高アルコールの酒、高酸度の酒、一度炭素処理した酒の熟成は遅くなる。

酒の「解脱」の年月をプロの様に判定するためには、熟成古酒を切らさないくらいの利き酒の努力が必要であり、いったん切れると、その能力を復活させるまでには多少の時間が必要になる。

次回は100年貯蔵企画の進行状態を。

(Kyodo Weekly 2009.2.19号掲載)