蔵元リレー連載コラム:熟成古酒を極める!(休載中)

第2回:私と熟成酒 (麒麟)

下越酒造株式会社 代表取締役社長 佐藤俊一

下越酒造佐藤社長

「麒麟・蒲原」醸造元
下越酒造 佐藤俊一社長

弊社は前社長(父)と私の親子二代、国税局の鑑定官を勤めた(それぞれ22年、18年)特異な酒造場で、品質第一で、コストパーフォーマンスにすぐれた酒造りに励んでいる。熟成酒に取り組み始めたのは、昭和40年代後半から50年頃の吟醸酒の品質競争のはしりと繋がる頃と記憶しているが、そんな中で、鑑評会出品仕様の吟醸酒を冷蔵庫に貯蔵した所、3年を越える頃より味に丸みがあり、商品化のめどがたったので、サーマルタンクを導入し、5年熟成の『秘蔵酒』として販売する様になったと聞いている。

さて酒造り後進県であった新潟清酒ではこの頃より、灘、伏見大手の攻勢に対する蔵元の危機感、県醸造試験場の指導、酒米『五百万石』使用の軟水仕込み、越後杜氏の技術競争が相まって、“淡麗辛口”路線を採択し、以後の地酒ブームに乗り、灘、伏見に続く出荷量第3位を占め、現在に至っている。この様な地元業界の流れの中にあって、大吟醸酒を低温で熟成し、大吟醸酒の良さを残し、さらに滑らかさ、コク、風格、余韻の長さが備わった淡熟型タイプの「秘蔵酒(写真1)」は、淡麗辛口酒の最上位酒、肴がなくともゆったりと酒自体の味わいを楽しめる特別な酒としての地位を占めていると確信している。

平成5年に入社し、指導する立場から指導される立場に代わり、長期熟成酒研究会にも顔を出すようになり、会員の皆さんの酒をきき、情報交換、研鑚を積むにつれ、もう一方の濃熟型タイプの熟成酒の懐の深さ、変化の可能性の大きさを実感出来る様になった。最初はどうしても職業柄“ひね香”に対する良い印象を持っていなかったが、大成した濃熟型タイプ熟成酒は“老香”とは異なる積極的に評価すべき“熟成香”があり、幾層にも重ねられた複雑な香味のバランス、口中に溢れる豊かさと滑らかな喉越し、そしていつまでも続く余韻の長さが魅力的であると思えるようになった。しかし淡麗辛口の呪縛からなかなか抜け出せず、淡麗辛口酒の常温での熟成開始を経て、平成10年、昔、元禄時代の酒を指導した事を参考に、生酛純米酒で初めて濃熟型タイプ熟成酒に挑戦したが、手違いでアルコール添加して生まれたのが、“麒麟 生酛 本醸造1998年”である。怪我の功名か、ビギナーズラックか、現在、歳を経る程に上手く熟成して、好評である。その頃熟成酒の新しい概念として、自家熟適性酒が提唱され出した。濃熟型タイプ熟成酒後進弊社にとって、蔵元と共に消費者にも熟成させる楽しみを与える事が出来る素晴らしい機会に思え、如何に米の旨味を持った複雑で味のよい濃い酒を造るか、如何に熟成に耐える酸をもった酒にするか、前述の生酛本醸造を凌ぐには?等より、『山田錦』を用いた、山廃、全麹仕込(麹歩合99%以上)、無濾過、純米原酒の“麒麟 時醸酒2000年”が開発された。新酒時でもドイツワインの様な甘さと豊な酸味を持ち美味しく飲め、通常の清酒よりはるかに早い速度で常温熟成している。

100年貯蔵プロジェクト

100年貯蔵を目指して

銘酒と言われる酒はいずれも熟成によってその真価を発揮する酒である。私が銘酒と確信している日本酒の熟成酒の寿命はどれ程だろうか? 長期熟成酒研究会20周年の会で、80年熟成酒をきく機会があった。蓋を開けた時、溢れ出た少し甘いコゲた様な熟成香は素晴らしかったが、味の面では丸さがあり、酸味と苦味が感じられるも中庸なボデイで少し物足りない感じがした。まだ熟成する力は残っているが、もう少し甘味やパワーが感じられると申し分なかったのでは、と記憶にある。

弊社の『麒麟 時醸酒2005年』を出品して参加した『日本酒100年貯蔵プロジェクト』の酒をきく機会はないが、もし100年後にその機会があれば、弊社の時醸酒ははるかにパワフルで長命だろうと、ほそく笑んでいる。酒は文化であり、芸術。造り手の自己満足に終わらず、熟成酒を理解し、楽しむ消費者の協力を必要としている。『或る酒を十分鑑賞できると言う事は、めいめいの教養の深さを示していると同時に、それはまた人生の大きな楽しみのひとつである』と言う坂口先生の文章(日本の酒)のような大人になりたいものである。

2009年6月 下越酒造株式会社 代表取締役社長 佐藤俊一

■麒麟の熟成古酒■

麒麟秘蔵酒『麒麟 秘蔵酒』…5,250円/720ml
★熟マーク認定商品
香味の調和を崩さぬよう低温貯蔵。シェリーがかった熟成香と穏やかな吟醸香に、淡麗な味わいの中にも風格の感じられる旨味が調和。
≪合う料理≫ローストビーフ、鴨和風ロースト、鯛かぶと煮
熟成年数:5年以上
タイプ:淡熟
種別:大吟醸
酸度 :1.4
アミノ酸度:―
アルコール度:17.2%
原料米:山田錦
精米歩合:40%

麒麟生酛本醸造『麒麟 生酛本醸造1998年』…3,675円/720ml
★熟マーク認定商品
濃い山吹色、酸味を出すため生酛を使用。甘味を感じる深みのある熟成香と醤油的なこおばしさ。ナッツやハチミツ様含み香に充分な味の濃さを実感。
≪合う料理≫ 豚の角煮、鰻の卵巻き、ハンバーグ、アン肝
熟成年数 :11年
タイプ:濃熟
種別 :本醸造
酸度 :―
アミノ酸度:―
アルコール度:18.8%
原料米:五百万石
精米歩合:70%

麒麟時醸酒『麒麟 時醸酒2001』…4,200円/720ml
★熟マーク認定商品
やや芳ばしい立ち香に、しっかりとした酸味を甘さがやわらかく包み、チョコレート・アプリコット・ナッツ様な複雑な風味にあふれ、苦味が余韻をひきしめる。
≪合う料理≫豚の角煮、鯉こく、デザート(氷菓・果物)
熟成年数:8年
タイプ:濃熟
種別:純米
酸度:3.7
アミノ酸度:―
アルコール度:17.2%
原料米:山田錦
精米歩合:70%

※このデータはH21年6月のものです。価格など変動する恐れがありますので、購入の際は蔵元へ直接お問い合わせ下さい。